桑田!わかる。

カウントダウン、と題して少しづつ綴ってきたが、ここに来て、本当にカウントダウンなんだ、と今さらながら実感してきた。そういうときに18日の、アメリカ・パイレーツから戦力外通告を受けた桑田真澄投手(39)の退団ニュース。

「悔いはないし、いい思い出ばかり。達成感がある」「若いころから“記録はクソ”だと言ってきた。大事なのは過程。達成したら偉いとか、作れなかったらダメというものではない。記録のために現役を続行する意志はない」。「(未練は)まったくない。メジャーリーガーになれた充実感でいっぱい」。桑田のすがすがしい表情は、とても爽やかで気持ちのよいものだった。カッコイイと思った。

自分に対してどこまで納得できるか、これが私から見てカッコイイかどうかということなんだと思う。

私は25年の会社生活だけど、ここに来てなんだかサバサバした気持ちになってきている。カウントダウンに向けてしっかり準備していくことで、最近は会社に来てもかなりヒマ(苦笑)。思い残すこともなくなってきた。今、会社への愛着や仕事への愛着を大きく感じながらも、それを若手に委譲しながら、滞りなく私がいなくなった後が続いて行くのが見え始め、悔いはない気持ちになってきている。

私は、桑田のようにカッコよく9月30日が迎えられるだろうか。

現実問題として将来への不安も少しだけのぞくけれど、まあ、それは10月になってからゆっくり考えればいいことだし、また一生懸命働けばいいだけのことだ。また、今の仕事以上に何か、がむしゃらにやりたいことがみつけられれば、それは最高にハッピーなんだけど。 
 

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やっぱり仕事はおもしろい

2年前から攻めていたクライアントがある。結果的にはまだ受注に至っていないので、正式にはクライアントではないが、私にとってはチカラを入れてきた仕事の一つだ。仕事にならないくせに、昨年は「うち来ることを考えてもらえないか」とお誘いを受け、仕事の受注を目標にしていた私はやんわりとお断りしたこともあったっけ。

今年3月にそのクライアントにプレゼンをしかけたが成果が得られず、私は9月退社のことを考えて積極的なアプローチを控えるよう心がけてきた。まだ仕事になっていないので、今ならどこにも迷惑をかけないからだ。

しかし7月に突然、「すぐに会いたい。頼みたい仕事もあるし、相談に乗ってほしい」先方より連絡があった。先のことを考えると気が進まなかったが、会うことにした。詳細打合せをしてみると、先方の頼みたい仕事というのは広告関係には違いなかったが、予算的裏づけやスケジュール想定がなく、しかもその会社にとってはお金を捨てるように意味がないものと思われた。広告はとかく効果を測りいくいものであるが、それなりの費用がかかるものだし、広告の目標を明確に設定し、どこまで達成したらよしとするのかをイメージしておかなくてはいけない。特にクライアント側がそうでなくてはいけないのだ。頼みたい仕事というのは、どう考えても効果が見込みにくかったし、費用対効果が悪すぎると思われた。

2年越しで攻めてきたクライアントから「仕事を頼みたい」と言われたものの、私はそんなことはやめたほうがいい、と答えた。もっと費用をかけなくても、もう少し効果が見込めてやれることはたくさんある。費用をかけるならもっと有効に使うべきであり、現状頼んでいる会社ともよく協議するようにとさとした。そういう話を進めていたにも関わらず、結果的には私は「じゃ、うちができることを提案しましょう」と答えて帰ることになったのだ。

あーあ。この提案仕事がもし実を結ぶとしても9月か10月。そこから正式なクライアントになり、がちりしたおつきあいが始まるのだ。その頃に私はいない。でも問題が多すぎて提案せずにはいられない気持ちになってしまったのだ。トホホ。。。なんとかこの人を助けてあげたい、大手広告代理店にいいようにお金を搾り取られることなく、しっかり効果が上がるようなものをさせてあげたい、それで担当者が会社でもっと認められたり、そのおかげで日本の**市場が違う形で活性化していく形が見たい。そんなことをいつも思ってるから、つい言っちゃったんだよね。

そして、今日提案してきました。社内の優秀なスタッフを同行して。彼はきっと、10月以降に私の後任者になってくれることでしょう。決まるかどうかは判らない。

肝心な時に私がいないことは会社への裏切りなのか、クライアントへの裏切りなのか・・・。

だけど、つい「提案します」って言っちゃうのはおバカですが、でもこれがおもしろいから、結局25年も会社に居続けたんだよなあ。としみじみとなったのでした。

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若者よ!

私のDNAを会社に残す・・・・・

そう言ってもらえたのはうれしかったけれど、その実践の日々はなかなか悩ましい。

ウチの会社の今年の新入社員は3人。すべて女性だ。どうも新卒採用となると、なかなか優秀な男性はウチの会社とご縁がなく、結果的に入社にいたる新入社員は女性、という傾向にあるようだ。

女性の新入社員を見ると、私はついつい今から25年前の自分とダブらせてしまう。右も左もわからず、「考える」という意味を何も理解できず、だけどやる気だけは満々の空回りだったあの頃。

厳しい上司の指導のもとがんばっていた(つもり)ものの、毎日私はうんうん唸りながら企画を考えていた。やっとの思いで提出したら、それを見た上司が「頼むから少しは考えてから見せてくれよ」と言い、提出した紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てたこと、などをつらつらと思い出す。毎日毎日会社で泣いていた。悔しくて悔しくてしかたがなかった。悔しかったけれど、当時のその思いがあったからこそ、ここまで働き続けることができたと、今はっきり言える。まあ、そんな厳しいことを言った当時の上司は、その10年後にはそんなことはまったく覚えていないと笑っていたが。

ウチの新入社員も入社して3ヶ月。女性社員は個人によって、仕事観にばらつきが大きい。キャリア志向な人、仕事はできるだけ楽をしたい人、さまざまだ。だから女性は男性よりも難しい。そもそも私は、個人の志向と合わないことを押し付けても無意味だと考えている。「働く責任としてやる」というスタンスよりも「働くのが楽しい」とか「この仕事は興味深い」と思って取り組む方が吸収も成長も早い。結果的にはその方がいい仕事ができる。逆に興味のない子には必要以上に教えても意味がないと思っている。興味のない子には、私は興味を持たせようと言う努力はするが、仕事を深く教えようとはしない。

偶々私の部署にもひとりが配属された。彼女は入社1ヶ月経つ前は、かなり不安要素が大きかった。しかし5月に入ってから顔つきが変わってきた。仕事を面白い、と感じ始めているのが手に取るようにわかった。今だ、と思った。私が教えられるのはあとわずかだ。9月末までにできるだけ教え込んでおきたいと強く思った。私は、彼女の仕事の優先順位と判断にミスがあったことを厳しく指摘し、叱責した。入社3ヶ月の子に言うには無理なレベルなのは明らかだった。けれども彼女は私の指摘を真摯に受け止めてくれたようで、そのリカバーを図った後、しばらく席を外した。10分後に席に戻ってきた彼女は赤い目をしていた。泣いていたことは明らかだった。

仕事を面白い、と感じた芽を摘むことにはならないか、厳しく言い過ぎたか、気になることは尽きないが、仕事は楽しいけど、厳しいことも知ってもらいたいから、ここで甘くするわけにはいかない。私はこっそりと入社4年の女子社員に事情を話し、彼女の愚痴を聞き相談にのってやってと頼んだ上で私は一足先に早く帰ることにした。

翌日、彼女ははつらつとした顔で席に座っていた。仕事を面白がっている顔が戻っていた。

私は、残り少ない時間だけど私のDNAを伝えるからね、という思いが深まっていった。

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そろそろオープンに。

私自身が担当しているクライアント業務の中で、このまま後任の担当者に引き継ぐもの、会社として私の退社と同時に仕事を終わりにするもの、さまざまだ。

問題は後者の方で、クライアントから、担当が私でないなら継続しないと明確に打ち出しているケースだ。会社にとっては、下世話な話だが取扱高(=売上、利益)によって、その対応が大きく異なる。取扱高の高いクライアントに対しては、そうならないような施策を会社として講じるし、取扱高の低いクライアントに対してはそれはやむなし、という判断になる。

うちの会社にとっては、その決断は9月までまだ時間があることではあるが、クライアントに対しては、別の取引先を探さなくてはならないことを考えると、2ヶ月前になろうとする今、そろそろ伝えなくてはいけない時期だ。

取扱高の低いクライアントで、すでに中止やむなし、と判断されているクライアントに対して話をしに出かけた。

そのクライアントは某海外の政府事務所。担当者は日本に留学中に知り合った日本人と国際結婚したアメリカ人女性で、日本在住10年以上になる。クライアントの公用語は英語なので、本来なら私との打合せも英語が基本なのだが、最初に私自身がビジネスレベルの英語ができないことを話し、それでもよければ、という形で仕事がスタートした経緯がある。彼女自身は日本語の読み書きは不自由、会話はゆっくりであればある程度はOK,というレベル。私と彼女は日本語と英語を混ぜ合わせた打合せを行いながら、今まで仕事を進めてきた。

その彼女に、9月末退社を伝えに行ったのだ。

クライアントに迷惑をかけない方法がないかを考えた結果、私の退社をきっかけに、うちの会社ではなく私個人と仕事を継続するか、もしくは別の取引先を探すか、をクライアントに選択してもらうのがいいだろうと考えていた。

まず私から9月末退社の話をしたところ、彼女は大きく驚いた後、それが私の意志であることを確認した上で、「25年も勤めたのになぜ辞める? 数年で辞める以外は、日本の女性は結婚や出産、子育てで辞める人がいても、長く続けることができたら、それは最後まで勤めるものではないのか?」と尋ねてきた。

私は、会社はいい会社ではあるけれど、10年後の自分を考えた時に私自身がよりハッピーであるためには、会社を辞めて新しいことを始めたい、その新しいことが何かを考える時間が欲しい、新しいことを始めるにはもうギリギリの時期だと考えている、と説明した。取引先に説明するようなことではないのにもかかわらず、彼女は私の話にとても興味を示してくれて、「自分が幸せになるために何をしたらいいのか・・・それを考えることは怖いことだけど凄く重要。そしてとても難しい課題だ。本当に答えが見つかるかしら。でも頑張って」と言ってくれた。

初めて社外に話した結果が好意的だったので、正直ホッとした。

今後についてはクライアント側が検討することになった。今後もしも私個人としてその仕事を引き受けることになった場合は、これから私としていくつか解決しなくてはならない問題がある。

彼女とは仕事を通じたつながりであったが、仕事だけでない人間的なつながりができていたから理解を得られたのかな、と少しホッとしている。

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夏休みも終わり

地球の裏側まで出かけて行き、新たな知り合いができた夏休みが終わった。

帰国の飛行機はエンジントラブルとかで6時間も出発が遅れ、トランジットの空港では9時間もひたすら情報を待ち続けた。

日本に着いたのは夜7時半。12時間時差のある国から帰ってきたけれど、それでも帰国の翌朝から通常通り出勤。我ながらタフだな、と自信を持った。まあ、休み前に仕事をかなり整理していたこともあり、出勤しても大して忙しくなかったのだが。

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夏休み

ウチの会社は、なぜか退職者の有休消化、という習慣がない。労働者の当然の権利のはずなのに、退職する人は皆、退職する日当日まで休まず働く。これが普通になっている。

私は、正直なところ、溜まっている有休分はやめる前に休みたいとは思うのだが、そういう習慣のない会社で、好きな会社と無用な摩擦を起こしたくないとも思い、考えた挙句、夏休みを会社いつもより少し長くとることにした。ウチの会社はクライアントの状況がさまざまなので、夏休みは個人と仕事の都合で、各部署内で交代制で、という制度だからできるのだ感謝)。まあ、誰にも悪くは思われたくない、という私の八方美人気質の表れでもある。いずれにしろ休むのだから、結果的には有休消化には違いないのだが、私の退職が公になっていない今の段階では、辞める人が有休消化をとった、という風には見られないため、摩擦にはならない(はず)。

そういうわけで、私は今日、7月6日からしばらく日本を飛び出します。

地球の裏側に行ってきます。

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健康第一

会社の同僚(女性)が乳癌になった。彼女は健康オタクで、健康情報には誰よりも詳しかったのだが、自ら付加したオプション検査つきの人間ドックで発見されたのだ。

幸いなことに、彼女は現在、順調に回復している。彼女はクリエイターでもあり、フリーとしても活動できそうな能力も持っていたが、療養中に彼女は「会社員であることの幸せ」をかみしめ、自分は恵まれている、と感謝の気持ちを幾度も言葉にしていた。

これが、会社員を終わりにしようとしている私にとっては、自らの体について、今一度振り返る機会になった。いきなり私は、会社員の内に人間ドックを受けよう、と思い立ち、通常なら高額検査になるさまざまな検査を受けることにした。

今ならまだ、退職の意思を翻すことができるぎりぎりの時期だと思ったからだ。まあ、もし翻すことになったら、あまりにカッコ悪くて、針のムシロだし、居心地が悪すぎてかなわないとは思うが。

さて、実際に人間ドックを受けてみて・・・・

驚くことに、体重は減ったのに身長が伸びていた。血液検査は、メタボリック症候群の要素になるものは一切問題なく、胃は見事に綺麗だ、と褒められた(苦笑)。問題なのは婦人科系ばかり。がっくり。でも会社員であることを感謝しなくてはならなそうな病気の疑いはなく、これで晴れて私は、9月退職決定になった。

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3者幸せの法則

年俸制をとっているうちの会社は、年2回、目標に対して評価を上司と確認しあう面接がある。

それは、自らに課している目標をどこまで達成したかという評価に加え、営業である私は予算達成という数字上の評価、そして他部門で関わった人すべて(若輩者も年長者も)からの評価がある。上期末結果が出そろった段階で面接が始まるのだ。その面接の場では、他部門で関わった人すべてがつけた点数の平均と各人からのコメントが上司から知らされる。

私の場合、自らに課している目標はそこそこ達成し、予算も目標をほぼクリア、と立場的にはいい状態で面接に臨むことになった。そこで知らされた他部門評価は、高い得点をもらえた。その際、「あなたと仕事をした他部門の各人からのコメントは、勉強になった、チャンスをもらえた、感謝している、この経験を次に生かしたいというトーンが共通している。他の者に対する他部門評価とは明らかに異なるトーンだ。仕事の仕方にあなたイズムみたいなものが流れているのだろう。」と言われた。

これはなんと嬉しいことだろう!この会社には私の居場所がない、と思っていたのに、チームを組んだ他部門の人は皆、私のやり方を支持してくれたようだった。これがもう少し前だったら、私は退社を考えたりはしなかったのかもしれないな、と少し頭をよぎった。けれども今の時点で、後戻りはありえないし、私が個人的に密かに進めて来た“会社への置き土産活動”がうまく進んでいる証なのかも、内心大いに満足ができた面接になった。

今の私にとってこれ以上の評価はなく、私は予算達成や年俸アップなんかよりも、人からの感謝や一緒に仕事をしたメンバーが満足を得たとわかることが、何よりも幸せであって、結果的に私のモチべーションをぐっと上げるのである。それは、入社した頃からずーっと私が思っていた「3者幸せの法則」だ。仕事をする上では、得意先、仕入先、そしてうちの会社(=仕事に関わる社員フすべて)が、どこも我慢することなく、みんなで幸せを享受できること、これがいい仕事であるという、私が決めた法則だ。

一つのプロジェクトを進める中で、得意先とのパイプ役は営業、ブレーンとのパイプ役の社員、仕入れ業者とのパイプ役の社員など、多くの人が関わっていく。この関わりの中で、どこか一つでも苦しんだり嫌な思いをしたり、我慢したり、ましては騙されたかなと疑われたりするのは、決していい仕事ではないと思うのだ。例えそれでウチの会社がたっぷり儲かったとしても。世の中では、コスト削減で仕入先を絞って絞ってしわ寄せをたっぷり背負っている仕入先がゴロゴロしているはずだ。でも長い目で見ればそんな状態でいい仕事を続けられるはずなどないのだ。人は誰でも心があってロボットではないのだから。

だから、そういう外部とのパイプ役を担当した社員たちが、私との仕事をきっかけに前向きに進んでいくということは、私にとってはなんとも嬉しいことであり、私はひとりで勝手に、私の「3者幸せの法則」はやっぱり間違いないんだ、と確信できた面接になった。

面接の最後では上司から「他部門からこういう評価を受ける人材が今社内にいないことを考えると、退社は本当に残念。ぜひ9月末までに、あなたのDNAをできるだけ会社に残していって欲しい」と言われた。25年働いてきて、最後の最後に自分がやってきたことは間違いじゃなかったのだ、と教えてもらったような気がして、さらに嬉しかった。

これで、私は悔いなく会社を辞めることができる。

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「数字」 対 「愛」

上司とのランチで退職の意思を伝えた2週間後、再び彼と夜、2人で食事をする機会があり、彼の「仕事観」を聞くことになった。

彼は、仕事を離れれば気さくで明るく、私にとっても個人的には大好きな人の一人だ。彼は仕事のできる優秀な人だが、自ら仕事が好きではない、と公言して憚らない。彼は元々心の病に対して理解のある人だが、仕事のストレスで心の病になるほど、仕事に一生懸命になれる人は、うしろ羨ましいと言う。自分はそこまで仕事に夢中になることはないから、と。なぜならそれは仕事だからと。

仕事に対して彼の中には明確なモノサシがあり、それは常にブレることはない。そのモノサシとは数字。問題が起きても、順調であっても、常に彼のモノサシは今の数字だ。今、数字が上がるのか下がるのか。

その彼はマネージャーの立場にあるが、元々彼はマネージャーであることをまったく志向してはいなかった。自らがマネージャーに向いていないことを自覚していたからだと言う。現在彼はマネージャーとしての最低限の職務、すなわち会社から課せられた部署の今期目標数字の達成を成し遂げる為、部署内の数字管理を行う。これだけはやるが、それ以外は、自分はできないし向かないのでやらないと言う。構成員の健康状態、仕事の進み具合、トラブルの状況、部下の育成、1年後2年後の展望・・・そういうことは彼は一切考えない。自分には向かないからやらない。何よりも彼は部下に声をかけること自体がうそ臭い気がしてできないというのだ。そういうことをしている自分がイヤになるという。彼にとっては今の数字に関係あることかどうか、今期目標を達成することができるかどうか、それがすべてであって、それと直結しないことは自ら考えない、と言うことなのだと思う。だからどんな場合も彼の考え方は非常にシンプルで明快だ。

だけど私にはその考え方が馴染まないのだ。それはきっと、そこに「愛」がないからなのだと思う。彼が仕事で満足感を得る時は数字だし、癒されるのも数字だと言う。数字だけでは心が動かない私は、そういう上司の下で働いていることで自分の居場所がなくなっていくような息苦しさを覚えるのだ。

しかしその上司は私の考え方を否定はしない。そういう考え方があることも彼は理解している。彼はいろいろな考え方があることを受け入れている。ただ自分自身を変えるつもりがないだけだ。私の存在も認めている。部下にとっては、本来はやりやすい上司であるはずだ。それなのに私は一人勝手に息苦しさを感じ、そういう風土の中で働きたくないと思い、結果辞めようとしている。私はただのわがままとも言える。

最後にその上司は「ウチの会社は人材が不足しているからボクが上司にならざるを得なかったけれど、人材が豊富でそういうことをうそ臭いと思わずにできる人があなたの上司だったら、あなたは辞めずに済んだのかもね」と遠くを見るように私に言った。

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決定なの?わかった。

2007年3月のある日の昼休み、食事に行く相手を見つけ損ねたまま、一人で食事に行こうと、会社の前から外に出ようとしていたところ、偶然、直属の上司と会い、「食事行かない?」と声をかけられた。2人だけで食事に行く機会など、そう滅多にあることではない。いい機会だと思った。

そういうわけで、上司と2人で昼食に出かけた。休日の過ごし方など他愛のない話題をしながら食事を済ませ、食後に私は、いろいろ考えたが9月で辞めることに決めた、と切り出した。その上司には、かつて辞めたいと考えていることを伝えたことがあったので、彼は「それはもう決定なの?」と確認し、私がうなずくと、彼は一言「わかった」。これですべての話が終わった。

考えてみると好きな会社を辞めることに踏ん切りがつかずに、私はここ5年くらい、どうしようと悶々としながら過ごしてきた。でも、正式な話はこんなものだった。

あまりの呆気なさに私自身が驚いたが、褒められたい意識や感謝されたい意識の強い甘ったれの私にとって、この会社に居場所などあるはずはなかったのだ。

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